公務員こそ簿記・会計能力が必要
自ら簿記講義
-下関市では、職員の皆さんが簿記を学んでいるとうかがいました。
下関市の職員は、日商簿記検定にあと10人くらい合格すると資格所有者が職員の20%に達します。全国の自治体の中でも断トツで多いと思います。
これからの行政には厳格なコスト意識や優れた経営感覚が必要と考え、庁内で簿記の研修を始めました。
最初は税理士でもある私が講義をしていましたが、最近は1級を取得した職員に講義は任せ、私は簿記学習の意義についての説明だけを担当しています。
また、新入職員には入庁前に簿記のテキストを配布し、入庁日の午後に仕訳テストを行っています。新入職員の日商簿記3級の取得は「市長との約束」です。
最近では消防士や保育園の先生、看護師さんなども簿記の資格取得を希望するようになってきました。
これからの公務員は、日商簿記2級くらいは持っているのが当たり前になるのではないでしょうか。従来、公務員は政策と法務の能力が求められましたが、今後は加えて財務・会計能力も求められると思います。公会計改革などと言われますが、こうした能力を持てない公務員は、今後は苦労することになるでしょう。
行政も経営感覚を
-公務員が簿記を理解するとどのような効果があるのでしょうか。
市役所の会計は、一般に予算主義の単式簿記です。歳入が増えている時代は予算に基づき、家計簿のような現金主義の単式簿記で運営していればよかったのですが、歳入が減少する状況では複式簿記で経営する必要があります。
企業経営のような複式簿記の発生主義による会計報告は、先ず、財政執行の透明性から市民への説明責任につながります。また、減価償却概念などから単年度ではない複数年に亘る費用を意識するようになり、資産・負債の管理が改善します。そして精緻な収支はコスト意識を高め、行政マネジメントの向上につながります。
以前は赤字経営が続いていた市営の病院やボートレース事業が独立法人に移行したり公営企業会計を導入して黒字化し、経営が安定したのは、複式簿記による経営感覚の導入効果もあると思います。商工会議所と協力し地域振興を図るうえでも、経営感覚が活きてくると思います。
「長靴をはいた税理士」が夢
-簿記との出会いはどのようなものだったのでしょうか。
父親の跡をついで魚屋になるつもりで商業高校に進学したのが簿記との出会いです。日商簿記1級や税理士、会計士試験の問題などハイレベルな課題を出す先生がおり、到底理解できませんでしたが、税理士への憧れが膨らみました。
家庭の事情により高校卒業後は魚市場に就職しましたが、税理士への憧れは続き、漁師さんや養殖業者の経営のアドバイザーとして活躍する「長靴をはいた税理士」となることが夢でした。このため、あらためて大学に行って、25歳で税理士試験の最初の科目に合格し、その後も働きながら試験を受け続けて税理士の夢を叶えました。
市役所職員に簿記を奨励しているので、私自身も研鑽を続けるようにしています。日商簿記1級の出題内容は、税理士としてとても勉強になるので、知識が錆びないように、これからもずっと学び続けたいと思っています。
経営者は右手で営業、左手で財務・経理
-これから受験する方へのメッセージをお願いします。
簿記は反復練習により体で覚える技能です。できるようになればパズルを解くように面白くなりますので、ある程度わかるようになるまでは辛抱が肝要です。
経営者には、右手で営業し、左手で財務・経理をまとめるような能力が求められます。たいへんなことですが、専門家任せにしてはダメですし、いくらコンピュータが計算してくれるとはいえ、簿記3級の知識は持っている必要があります。簿記はルネサンス期からある技術ですが、現代社会も簿記の原理で成り立っており、ちっとも古臭い技能ではありません。基礎知識として経営者に限らず誰もが理解すべきものだと思います。
Profile
中尾 友昭 Nakao tomoaki
1949年、下関市生まれ。68年下関唐戸魚市場株式会社入社。以来、「魚一筋」に働くかたわら、通信教育等で学ぶ(79年中央大学法学部卒業・01年東亜大学大学院修了)。90年同社取締役、99年下関市議会議員、03年山口県議会議員を経て、09年下関市長就任。税理士資格のほか、「ふぐ処理師」の免許を有する。得意は「ふくの菊盛り」。袋競りの競り人としての経歴もある。